サクラメントの櫻弁当

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zoom RSS 東欧旅行−その9−ウィーン(オーストリア)観光♪

<<   作成日時 : 2015/07/14 00:28   >>

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リューブリアナ(スロヴェニア)を発つと、一路ウィーン(Vienna)に向かいます。忙しいですねぇ。

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ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトの像


ウィーンにはほとんど暗くなって到着しました。この日はディナーは付いていないので、自分持ちです。(詳細は下記に。)

ホテルは見どころが詰まっているオールドタウンの外側にありました。オールドタウンには歩いて行ける距離でしたが、翌朝はあいにく雨でホテルのほぼ前にある地下鉄を使いました。

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ウィーン国立歌劇場

二駅目で降りて地上に上がると、ウィーン国立歌劇場が目の前にありました。

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元祖ザッハートルテの看板

が、そんなものより、先にに目についたのは、元祖ザッハートルテの看板であります。

こ、これだ!と感激の眼で看板を見上げ、早速お店に入りました。(詳細は下記に。)

さて、それからは昼過ぎまで、自由時間でした。ケルントナー通り(Kärntnerstrasse)という歩行者専用の繁華街を歩いてシュテファン大聖堂の前の広場、シュテファンズプラッツ(Stephansplatz)、で落ち合うという約束です。

皆がケルントナー通りをシュテファン大聖堂の方に歩いていくのを横目で見ながら、櫻弁当たちは逆に行きます。ホテル・ザッハーの前を通ってあっちに行けば、モーツアルトの像が見られるはずなのです。

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アルベルティナ広場のアルブレヒト噴水

女の人はウィーンを、男の人はドナウ川を表しているそうです。(Wikipediaより)

そうして、アルベルティナ広場からブルク庭園(Burggarten)に入って、敬愛するウォルフガング・アマデウス・モーツアルトさんに逢って来ました。(冒頭の写真)

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オーストリア皇帝フランツ・ヨーセフ1世(Franz Joseph I)

この庭園には超有名なオーストリア皇帝のフランツ・ヨーセフ1世の像もあります。

フランツ・ヨーセフ1世は1830年に生まれ、1848年から1916年に亡くなるまで67年在位しました。実質上、700年以上続いたハプスブルグ家の最後の皇帝でもあります。

また、オーストリア=ハンガリー帝国のハンガリー国王でもあり、このハンガリー国王の戴冠式はブダペストのマーチャーシュ教会で執り行われました。

国民からはオーストリア帝国の国父と敬愛されました。しかしながら、バルカン半島でのゴタゴタから第一次世界大戦を引き起こした人でもあります。

詳しくはウィキペディアをご覧くださいね。

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シッシー(SisiまたはSissi)こと
オーストリア皇后エリズベート(Elisabeth)

フランツ・ヨーセフ1世を語るなら、美貌で有名な皇后、シッシー、を抜きにはできません。

シッシーは16歳で23歳のフランツ・ヨーセフ1世と結婚してオーストリア皇后兼ハンガリー女王になった人です。

シッシーはフランツ・ヨーセフ1世とは母親どうしが姉妹のいとこ同士でした。フランツ・ヨーセフ1世の母親のゾフィー(Sophie)は、もともとシッシーの姉のヘレーネと結婚させようとしました。

ところが、ヘレーネのお見合いの時に、一緒にくっついてきた15歳のシッシーにフランツ・ヨーセフ1世は一目惚れをしてしまったのです。そして、母親の反対を押し切って結婚しました。内輪ではマザコン気味のフランツ・ヨーセフ1世にしては珍しい行動です。

シッシーは、現在のドイツのババリア地方の貴族でした。が、王位継承とは遠かったので、父親は子供達を自由にのびのび育てました。それで、宮殿の堅苦しい暮らしが合わず、窮屈な思いをしました。

また、叔母でもある姑のゾフィーはシッシーを物知らずで子供じみた母親と見なして、一男三女子供が出来てもシッシーには相談せず勝手に名前を付けたり養育もシッシー抜きで執り行いました。

フランツ・ヨーセフ1世は、政治結婚の多い皇族には珍しく、シッシーを心から愛してはいました。が、皇帝の仕事が忙しすぎて、シッシーはほうっておかれたようです。

そういう事から、シッシーは一人でハンガリーによく行きました。彼女は素朴なハンガリーを愛し、ハンガリーが自治地区であるように力を尽くしました。

シッシーはオーストリア国民には人気がありましたが、特にハンガリーの国民から愛され、鎖橋の次のエリザベス・ブリッジ(Elisabeth Bridge)は、シッシーに因んで名づけられました。また亡くなったときは、棺にはオーストリア皇后とだけ書かれていたのを、ハンガリーからハンガリー女王とも書いて欲しいと要望されました。

シッシーは、晩年にはシェーンブルン宮殿にはほとんど住まず、旅行を続けました。また、シッシーの人生で悲劇的な大事件は、一人息子のルドルフが30歳で無理心中のような状況で亡くなったことです。そして、彼女自身も、60歳の時に、スイスに旅行中に、イタリア人のアナキストに刺殺されました。

あまりハッピーではなかった皇后の地位ですが、結局44年在位しました。シッシーは、死ぬまで、美貌を保つために努力し172cmで50キロ以下、ウェストは(コルセットで締め上げて)50cm だったそうです。

彼女の数奇な人生についてはウィキペディアをご覧くださいね。

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ケルントナー通り(Kärntnerstrasse)から見える
シュテファン大聖堂(St. Stephen's Cathedral)

ゴシック様式の大聖堂です。あの細かい屋根瓦で織物のような模様を作った屋根も見えますね。

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シュテファン大聖堂の中


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ドナウ川

ドナウ川はドイツのシュワルツヴァルト(Black Forest)から始まり、東に流れ黒海に流れ出ます。ヨーロッパではヴォルガ川の次に長く、10か国を流れ、そのうち5か国は首都を流れます。

ドナウ川は国によってはダニューブ川とも呼ばれます。この川はブダペストにも流れていますね。

ヨーロッパには川を使って何か国もまわるクルーズがたくさんあります。ドナウ川のクルーズの旅もよいかもしれませんね。

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シェーンブルン宮殿

フランツ・ヨーセフ1世が生まれて育って亡くなった宮殿です。シッシーもここにいたのですね。

ウィーンも二晩泊っただけなので、ほとんどがバスに乗って、右に見えますのは・・・というような観光でした。ここももうちょっと深く掘り下げて見てまわりたかったです。

<おまけ − その1> −さんざんだったストラウスとモーツアルのコンサート 

ツアーへ行く前から、ウィーンではストラウスとモーツアルトのコンサートがあるけれど、行きたかったら先に予約するというお知らせが、ツアー会社から来ていました。面白いと思って、VIP席、A席、B席、C席のチョイスのうちのA席を申し込みました。

ところが、会社の方でC席を取っていることがポーランドに来た時に気が付きました。そこで、A席にして欲しいとすぐに言いました。ウィーンに着いて、アシスタント・ツアーリーダーのMさんはアップグレードしたと言いました。
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ストラウスとモーツアルトのコンサート

ところが、行ってみるとA席ではなくB席に変えただけでした。A席には例のAさん夫婦がいました。B席には同じツアー」から3〜4組の夫婦が来ていました。

コンサートが始まって楽しく聞いていると、同じツアーの奥さんたちがクスクス笑い始めたのです。こういうコンサートに慣れない旦那さんたちが居眠りを始めて、それが可笑しくて仕方がないらしいのです。

旦那さんの一人は耐え切れなくなって途中で出ました。奥さんたちはずっとブツブツ何か言いながらゲラゲラ笑っていました。

ツーリスト用のコンサートということで聞きなれた人気曲ばかりですが、音楽の質はまずまずだったしオペラの一部の歌唱やパレエもありました。

でも、後ろで見え難かったのと、あのゲラゲラクスクスで気恥ずかしかったので、全く楽しめませんでした。

このツアー会社は、他の人にですが以前にもツアーオプションでヘマをしたことがありました。


<おまけ − その2> − ウィーンで食べたもの

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ウィンナシュニッツェル

ウィーンに着いたのはもう夕方遅くでした。アシスタント・ツアーリーダーのMさんがこの辺りにベトナム料理店があると言うと、皆そちらに行ってしまいました。

櫻弁当は、ローカルの食べ物を食べるというのがモットーなので、一緒に行かず小ぢんまりしたレストランを見つけて入りました。

そこでウィンナシュニッツェルを食べました。ウィンナシュニッツェルは小牛肉を薄くたたきのばしてパン粉の衣を付けフライしたものです。面積的には大きく、2枚ありました。レモン汁をかけるところが変わっていますね。

でも、肉が薄いということはドライになりやすいということでもあります。つい日本のジューシーなトンカツと比べてしまって、トンカツに軍配をあげました。でも気が済みました。

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元祖ザッハートルテとウィンナコーヒー

元祖の看板を見た途端、すぐに入りました。プライオリティーの高いものは直ちに済ませておくに限ります。ちょうど、10時のおやつというところです。

入ったのはカフェ・ザッハーではなく、ケルントナー通りに入口のあるザッハー・シュトゥーベ(Sacher Stube、ザッハーの部屋の意)です。こちらは同じものを同じ値段で出しますが、あまり混んではいません。

チョコレートのケーキの部分はそれほど甘くなく、コーティングのチョコレートが甘さを出しています。このコーティングは5mm位の厚さでとても滑らかです。このコーティングがかなり難しそうですね。ザッハーと書いてある丸いチョコレートは苦チョコで、これで甘さのバランスがとれています。

ウィンナコーヒーは日本のウィンナコーヒーも負けていないです。

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パン屋さんで買ったシュトゥルーデル(Strudel)
http://www.muehlenbrot.net/www.muehlenbrot.net/index-2.html

モーツアルトやフランツ・ヨーセフ1世やついでに文豪ゲーテに会った後、ステファン大聖堂の前で集まる時間までに少し時間がありました。時間を潰そうとケルントナー通りから横道に入ると、小さなパン屋さんがありました。

なんとなく勘がひらめいたので入りました。ドイツ語圏に来たからにはドイツ語も使わなきゃ、とうろ覚えのドイツ語で「アイン・シュトゥルーデル・ビッテ!(One strudel, please!)」まではよく通じました。

2オイロ80セントと書いてあったのでお金を払おうとしたら、後ろに並んでいた英語の上手な女の人が、値段はスペシャルで2個分だと書いてあると言ってくれました。(えっ?どこに?ドイツ語はそこまでは無理だった・・・)お店のおばさんもニコニコして、2個要る?と聞いてくれました。でも10cm x 15cmあまりの巨大なシュトゥルーデルだったので、1個だけ買いました。

袋を見たら、「ミューレンブロート(Mühlenbrot.)、1827年からのべーカリー」と書いてありました。@_@けっこうな老舗です。行ったのはGoldschmiedgasse 5にあるお店です。シュテファン大聖堂の向かい側の横道で、シュテファン大聖堂から歩いて2分です。ウィーンにお越しの時は、お立ち寄りください。

こちらのシュトゥルーデルは、入っているリンゴがとても瑞々しくあまり甘過ぎず、お菓子にもなるし食事にもなるような感じでした。長く置くとリンゴの水気で湿気るので、直ぐに食べてしまうもののようです。今まで考えていたようなドライなものとはちょっと違っていました。また、作ってみます。

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ディナーのベトナム料理

わざわざウィーンにまで来てベトナム料理を食べなくっても・・・とまた思いました。でも、これはツアーに付いているディナーだし、美味しかったので複雑な気持ちです。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
こ、これだ!と感激の眼で看板を見上げて元祖に敬意を払う考え方があるのでしょうね・・笑。元祖は、櫻弁当さんも好きなんでしょうね!・・・可愛いですね(笑)!ザッハトルテは子供の味では無いですけれどね。
Mozartのような天才が活動する環境は、戦争や紛争がなければずっと芸術家を産んだり、育んだりしたのでしょうね。近代化とレガシーの共存というは、魅力的です。
さらに川などの水は重要な要素なんですね。
ビーフカツのようなウィンナシュニッツェルは調理法に寄っては、ミラノ風にすると美味しそうですね。
火を通しすぎたのでしょうか?
シュテファン大聖堂の中は大変興味深く拝見しました。ゴシック様式だそうですが、魅力的です。
こちらのシュトゥルーデルは想像するだけで、惹かれますね。美味しそうです。いずれ、気持ちが復帰したらオーブンを使って、焼いてみたいです。
素敵なレポートをありがとうございます。

ベランダ農夫
2015/07/14 12:01
元祖ザッハートルテの看板、さすが見逃さなかったですね。
ウイーンはいいですね。京都は極東にある日本の歴史に過ぎないけど、ハプスブルグ家の血統という意味ではウィーンはヨーロッパ史の中心ですものね。
そういう観点で見て歩くとロンドンなんかもそうでしたが、目の前にある歴史に圧倒感を覚えたことを思い出しました。
ベトナム料理の方が美味しかったのは、事実地元の料理がいまいちのレヴェルだからなのでしょうね。
僕は中華料理を食べました(笑)

2015/07/14 20:00
ベランダ農夫さん、

世界に名を轟かすザッハートルテですからね。(笑)やっぱり一遍元祖を食べてみようと、とウィーンに来ると分かった時から思っていました。それが、探すまでもなく地下鉄から上がったとたんですから、ワォと感激してしまいました。(笑)
モーツアルトは、ヨーセフ2世の頃の人です。ヨーセフ2世は神聖ローマ帝国皇帝、オーストリア大公兼ハンガリー王、ボヘミア王、クロアチア・スロベニア王、イタリア王で、国も落ち着いていたのでしょう。
ウィンナシュニッツェルは、やっぱりあの肉の薄さが災いしているのとおもいました。(笑)でも、なぜあんなに薄くするのでしょう。なにか理由があるはずですよね。
シュテファン大聖堂は、いきなり町の真ん中にニョキッと建っていました。このような建ち方はあちこちで見ましたが、日本のお寺とはずいぶん違っていますね。中は天井が高く厳かな感じでした。
ミューレンブロートのシュトゥルーデルは、美味しかったです。全く予期してなかったので、ますます嬉しくなりました。
櫻弁当
2015/07/15 05:05
達さん、

あらかじめ、ホテル・ザッハーはオペラハウスから道を挟んだところにあるということは調べていました。だから、看板を見た時はこれだ〜!!と嬉しかったです。(笑)
ウィーンはよいですねぇ。もう一度行きたいものです。でも、あそこの両替屋は、相場が100ドルが89オイロの時に、どこに行っても70オイロしか払わないというかなり阿漕な商売をしていました。(笑)
ロンドンもきっとそうでしょうね。ヘンリー8世がどうとかアン・ブーリンがどうとか、いろいろありますから。
現地料理は、食べ歩いたと言えるほど食べたわけではないので、なんとも言えません。が、食べたのはたしかにイマイチでした。(笑)ベトナム料理は食べ慣れていますから。
達さんは、ロンドンで中華料理ですか。(笑)
櫻弁当
2015/07/15 05:18
元祖ザッハートルテの看板、きっと私も看板を見てはしゃいでしまうでしょうね(ダンナ君は何が嬉しい?という冷ややかな目で見るに違いない 笑)
初めて飲んだウインナコーヒーはクリームが冷たくそれに騙されてぐいっと飲むと熱いコーヒーにビックリ 
その後はそっと飲んで最後の一口がめっちゃ甘い
というものでしたが、本場物はどうなんでしょう?
その店のマスターが辞めてからはそういうウインナコーヒーに巡り会わないのですが、、、
シュトゥルーデルの再現、楽しみにしていますね
マーシャの乳母や
2015/07/16 01:00
マーシャの乳母やさん、

あれだけ有名なザッハートルテの「元祖」ですからねぇ。やっぱりこ〜ふんします。(笑)
ここのウィンナコーヒーは、特に驚かされるようなものではなかったです。クリームはそれほど冷たくもなく、普通に絞り出して浮かべてありました。砂糖は入ってなくて、砂糖を加えてかき混ぜずにゆっくり飲むと、最後の一口が甘いです。
シュトゥルーデル、頑張ります。(笑)あるオーストリア人のブログを読むと、オーストリアでは甘いものをご飯として食べることもあると書いてありました。あのシュトゥルーデルだったら、納得です。
櫻弁当
2015/07/16 10:56
まだ私が中学生の頃、人生で一度は行ってみたいと憧れていた場所です。せっかく楽しみにされていたコンサート、ツアーの方のミスや同行者によるクスクス笑いで、なんだか台無しな感じになってしまったことが残念です。ツアーだから仕方がない部分はあるにしても、こういう取り返しがつかないことって、実ははらわたが煮え繰り返るくらい許せない罪なことだと思います。お互いに、ほんの少しの気遣いやマナーを守ることで、素晴らしいひとときを共有出来るはずなのに・・・。ツアーのヘマはプロとしてあり得ないことなので、許せない!気持ちでいっぱいです。記事を拝見していて、せつなくなりました。実際に一番せつない思いされたのは櫻弁当さんなのに、勝手に怒っててスミマセン。
m(。≧Д≦。)m
うき
2015/07/16 17:26
うきさん、

この旅行会社の社長さん(=ツアーリーダーさん)は、個人的な知り合いでもあるのでちょっと微妙でしたね。
別の人のこの前の間違いといい、オフィスの事務の人がちょっと雑なようです。
クスクス笑いの奥さん方は、クラッシックコンサートがどういうものか知らなかったようです。彼女たちは楽しかっただろうと思います。
まぁ、ずっと後になってみれば笑い話になるでしょうけどね。
でも、今度からは、オプションの催し物は念を入れて確かめなければと思います。
櫻弁当
2015/07/17 11:17

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