サクラメントの櫻弁当

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zoom RSS フィジー・ニュージーランド・オーストラリア旅行 − その4 − 見どころ沢山のニュージーランド北端

<<   作成日時 : 2017/03/09 00:27   >>

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ニュージーランドは、ほんとうは南島にいくつも国立公園があって見どころが多いのです。しかしながら、今回行ったのは北島で、それもオークランドから北上した最北端の辺りだけでした。この辺りにもいくつか

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90マイル・ビーチ

他ではあまりないような景色を見ることができました。



この日の朝パイヒアを出た頃は曇り空でした。このような長閑な光景を見ながら、バスで北端の半島の西側を北上するころには霧も晴れ良いお天気になってきました。
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ニュージーランドは農業国で乳製品の輸出国です。道沿いの牧場にはミルクを取るホルスタイン種の牛(白と黒のぶち)や食肉用のへレフォード(白と茶色のぶち)やブラックアンガス(黒)、羊なとがいました。

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まず最初に着いたのは北端の西にある90マイル・ビーチ(冒頭の写真も)でした。実際には90マイル(144キロ)ではなく55マイル(88キロ)なのだそうですが、もう桁外れに長く広い砂浜です。この海はタスマン海で、向こう岸はオーストラリアです。

そして驚いたことには、この砂浜をバスが走るのです。このバスは最新の機能を備えて全輪駆動のような走り方をします。値段は80万NZドル(約6300万円)もするそうです。

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引き潮なのか砂には穴のある1cmくらいの出っ張りがいっぱいあり、掘ると7〜8cmくらいの貝が出てきました。この貝はムール貝ではありません。でも食用になるらしく、パイヒアのレストランでも出てきました。

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そして次に向かったのはニュージーランドの最北端リーアンガ岬(Cape Reinga)です。↑の写真の真ん中辺りの白い点は灯台です。

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灯台まで歩いて行くと、Tokyo とかSydneyとか Los Angelesなどの方向を示す道しるべがありました。

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ここが岬の先端です。この辺りはマオリ族にとっては神聖な場所で、神話によると死んだ人の魂はここに集まり自分たちの祖先が来たと言われる極楽の地ハワイキ(Hawaiki)に戻っていくのだそうです。

ハワイキとハワイは音がよく似ているし、どちらもポリネシア文化だし面白いと思いました。でも、マオリ系のガイドさんによるとハワイキは伝説の土地で実際のハワイというわけでもないらしいです。因みに、ハワイ、ニュージーランド、イースター・アイランドを結ぶ三角形の地域がポリネシアなのだそうです。

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その次は90マイル・ビーチの北の端にあるテ・パキの流れ(Te Paki Stream)に来ました。Streamというので小川のようなものを想像していたら幅広い砂の上にうっすらと水が流れていました。ここは普通の車で油断して入ると沈み込んで抜け出せなくなることもあるそうです。

ここに来たのは、流れを見るのが目的ではなく、その横にある巨大な砂丘を上って
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スノウボードならぬサンドボードで腹這いで滑り降りるのが本当の目的でした。このボードはなんと準備よくバスの荷物置き場に積み込んでありました。↑の左側に「流れ」が見えます。

櫻弁当はと言えば、砂丘に上がりましたがサンドボーディングなどという子供っぽいことはしないで、砂丘の奥にふらふらと一人で迷い込んでいきました。どちらが子供っぽいか議論の余地はありますが。(笑)

とにかく、そんなことをする人は誰もいませんでした。でも、ちゃんと時間には戻りましたよ。

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最初から、あっちに行っても何もないよと言われましたが、何もないといっても砂があるではありませんか。この砂丘はどうやってできたのか、見渡す限りの砂丘なんてめったにあるものではありません。

この向こうの砂丘の上には人が数人見え、上の方でサンドボーディングしているもようです。

ごく手短かなニュージーランドの歴史: 

ポリネシアの原住民がニュージーランドに住み始めた時期は、人類学の研究によってかなりの差があり、2200年前からとも700年前からとも言われています。いずれにせよそのポリネシア人はカヌーに乗ってきました。そして、ニュージーランドの島に住んでいる間にマオリ(Maori)という独特の文化を生み出しました。

マオリの人たちは自分たちの祖先はハワイキ(Hawaiki)というところから来たと信じています。これは2002年のWhale Rider(邦題:クジラの島の少女)という映画にも出てきます。Whale Riderは現代の話で、マオリの酋長の家系に生まれたパイという10歳くらいの女の子の話です。

パイを演じた子役は、13歳でアカデミー賞主演女優のノミニ―になりました。なかなか良いストーリーなので、機会があればご覧ください。

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マオリの戦争用のカヌー

さて、時代が進んで、西洋人で初めてニュージーランドにたどり着いたのは、オランダ人の探検家アベル・タスマン(Abel Tasman)|で、1642年のことです。タスマンはタスマニアやタスマン海に名前を残しています。

でも、タスマンがニュージーランドを「発見」した、というのはちょっと抵抗を感じます。ニュージーランドを見つけたのは後にマオリになったポリネシア人ですからね。

さらに時代が進んで、1769年にはイギリス人の探検家ジェームズ・クック(James Cook)がやって来ました。クックは太平洋をまたにかけて行き来した探検家です。クックは到着するなりここはイギリスのものだと主張しました。が、肝心のイギリス政府はその後50年以上も関心を示しませんでした。

クックは50歳の時にハワイで原住民とのごたごたで殺されました。
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ジェームズ・バズビー(James Busby)の家
トリ―ティ・ハウスとも言われる

1840年にはワイタンギ条約というマオリ族にとっては運命の条約が結ばれました。この条約はニュージーランドの島の統治権はビクトリア女王に属し、土地の所有権や魚を取る権利はマオリ族の酋長たちに与えられるものの売却はthe Crown(王冠)にだけできるというものです。そして、マオリ族はイギリス人としての権利を認めるという部分もあります。

この条約は当時ワイタンギに住んでいたジェームス・バズビーの家の前で調印されました。バズビーはこの条約の執筆にも加わりました。しかしながら、バズビーはその後も政府関係の仕事にはつかず、オーストラリアの「ワイン産業の父」として知られています。

マオリ族には文字がないうえに「主権」や「統治」に当たる言葉がありませんでした。その結果、英語の翻訳にはかなりの誤解や誤訳があったらしく、イギリス政府は完全な植民地化を意図し、マオリ族はまだ自分たちは独立していると思っていたようです。

1907年にはニュージーランドはドミニオン(自治領)になりました。

1947年にイギリス政府とニュージーランド政府は別であると、独立しました。でも、まだ国王を掲げ、今でもエリザベス二世がニュージーランドの女王(国王)です。

さてワイタンギ条約ですが、1975年にワイタンギ・トリビューナル( Waitangi Tribunal)という永久に有効な調査委員会のようなものが作られ、 どのようなことで同意があったのか今でも詳しく調べられています。

ニュージーランドの国旗: 

イギリスの国旗のユニオンジャックが左上に描かれ右側には南十字星の4っつの星が付いています。

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↑の画像では、風の具合で裏返って鏡像対象に見えています。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
南島には行かれなかったそうですが、集団を離れて砂丘を歩くという冒険をされたようですね。
僕がお客さんを何人も連れてロスに行った時、1人のお客さんが絶対行かないでと注意しておいたメキシコ街に行ってしまって心配したことを思い出しました(笑)
能登半島の千里浜という海岸も、車で砂浜を走ることが出来る日本では珍しいビーチがあるんですよ。
ニュージーランドの国旗デザイン変更の国民投票はそういう歴史を踏まえてのことだったのですね。

2017/03/09 21:51
90マイル・ビーチは九十九里浜、巨大な砂丘は鳥取の砂丘を連想しました(どっちも行ったことないけど 笑)
巨大な砂丘は観光客は少ないのでしょうか、鳥取はシーズンだと砂の数ほど観光客がいるようですが(おおげさ?)
サンドボーディングも面白そうだけど、誰もいない見渡す限りの砂丘も魅力的です!
↑そうそう、ニュージーランドの国旗は結局葉っぱのデザインにはならなかったの?(あの葉っぱも植物学的に間違っているとか、文句言われていたようですが、、、)
マーシャの乳母や
2017/03/10 00:35
達さん、

一人で歩くと言ってもほんの数百メートルだけで大したことはありません。それより、バスに残るかサンドボーディングばっかりに気をとられて、あのすばらしい砂丘の景色を誰も興味を示さないのが解せませんでした。(笑)
あら〜、「達さんもお客さんを連れて」ということがあったのですか。お気持ちわかります。
日本にも車で走れるビーチがあるのですねぇ。
提案されたニュージーランドの国旗の模様は、地元に生えているバナナのような大木になるシダです。マオリ族はその葉やゼンマイのような芽の形をずっとシンボルとして使っていたようです。
櫻弁当
2017/03/10 08:48
マーシャの乳母やさん、

九十九里浜に鳥取砂丘となると、ニュージーランドはますます日本に似ていますね。(笑)
砂丘には「テパキの流れ」から入るのですが、前輪駆動の車で、ルートをよく知っていないと沈み込んで出られなくなるらしいです。そのせいか観光バスは別としてジープが数台、人は遠くのほうにちらほら程度でした。おかげで、砂丘の景色を独り占めにできました。(笑)
国旗は葉っぱのデザインにはならなかったようですね。あの葉っぱはシルバーファーンという大木のシダで、山の斜面にはバナナのような感じでいっぱい生えていました。シダの葉は互い違いに生えるのに、国旗の候補になった模様には同じところから生えているように描かれているものがあって苦情が出たのでしょうね。
櫻弁当
2017/03/10 09:03
人口より羊が多いとしか、知りませんでしたが、大好きな存在です。イギリスも植民地好きですね。
カラードをなめていますよね。
結局白人は、自然に(とUV)に負けるんです!
日が当たらないところで暮らせる白人が弱いのか、強いのかわかりませんが、アメリカのデリンジャーと同じかも?
人種で居住する地域が、和kれていたことのほうが、幸せだったのかと思います。地震は多いのですよね?
それにしても、農業国って言い方は、柔らかですが、USAも農業国ですよね。
以前農協のブローシャーを作っていましたが、日本より美味しいコメがあるって、言っていました。
しかも、安いお米です。農薬の含有量は・・・・不明です。
遺伝子組み換えも不明です。(笑)
FREEHAND(ベランダ主夫)
2017/03/10 20:18
FREEHAND(ベランダ主夫)さん、

白人至上主義については、トランプみたいな輩が出るようになったのでまた別の記事で取り上げようかと思っています。でも、ちょっとだけ触れてみます。白人至上主義は、白人は遺伝子的に優れているという根拠のない優越感が基になった考えです。要するに、白人以外は知性も心もない動物のようにしかとらえられないのです。トランプの言い方の「あんたたち黒人は」とか「あんたらヒスパニックは」とか「あんたら東洋人は」などでわかるように、同じ人間というふうには考えていません。
まぁ、それはさておいて(笑)、人種や文化が地理的に分かれているほうがいいのか、入り混じっているほうがいいのかといえば、理想的には入り混じっているほうがよいように思います。でも、理想はなかなか達成できないのが辛いところです。
USのお米の農薬や遺伝子組み換えの話ですが、カリフォルニアはそういう規制がとても厳しいので、カリフォルニア米は安心して使っていただけると思います。(笑)
櫻弁当
2017/03/11 02:23

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